「プロの言葉・責任」
新たな就職活動シーズンが始まっていると同時に、今年の3月に卒業する学生さんたちのラストスパートもたけなわです。学生さんたちが就職活動の際に、その大切な売り込み材料となるのが、
作品
です。作品には、
企画書
デザインポートフォリオ
ゲーム
ソースコード
動画
研究成果
学会での発表実績
などなど
いろいろあると思います。専門学校、大学、大学院とキャリアはいろいろ異なれど、学生時代の血と汗と涙の結晶だと思います。その作品がつくられる過程や、できあがったものを見てなど、様々タイミングで、プロに見てもらえる機会があるかと思います。
学生の早い段階でプロに見てもらい、忌憚のない意見をもらうことは非常に良いことです。なぜなら、やはり、ゲームを作ったことのある人間でないと答えられないことがあるからです。
ただ、ゲームを開発した経験のある人がすべて、学生にとってわかりやすい言葉や方法で、教えてくれるわけではありません。スポーツなどでもよく言われますが、必ずしも、
「名選手が名監督であるとは限らない」
からです。わたしは、馬に乗りますがインストラクターの中には、高校を卒業してから、馬を始めた人もいれば、子供のころから馬に乗っている人もいます。後者は、「なんで、できないのだろう?」と高々なことができない生徒にかける言葉がなかなかなく悩んでいる方もいることでしょう。自身が考えるまでもなく、先に体にしみこませてしまったからです。
ですが、前者はある程度自我も目覚め、大人になってから、考えて馬に乗ることをしていったことにより、苦労という体験を経て得てきた「言葉」を持っていることが多いからです。また、呑み込みの悪さがあったからこそ、「ほめられること」によって、自信をもらったり、喜びからくるモチベーションの喚起があることを身をもって知っているからでしょう。以前の活人研でも書きましたが、教える人間には「語彙」が重要であるのは、あらためてここで述べておきたいと思います。そして、その語彙は、知識だけでは弱く、体験をともない、自信の苦労でそれを乗り越えてこそ、説得力のあるものとなります。
ただ、今回は体験がないと語彙が増えないだけでは終わらせません。なぜならば、プロは、体験もあるからです。また、これから未来はわかりませんが、今の30、40、50代はほとんどの人は、物心つく前や、深く考えるようになる前からゲームをつくっていた人ではないはずです(笑)。
なので、ほとんどのクリエイターは、考えて、考えて、考え抜いてゲームを作ってきたはずです。と、いうことは、各々が、自分なりの体験からくる言葉を持っているということになります。それは、この業界の良きところであり、歴史を経てきて、大勢の
「教えることができる可能性がある人」
を業界内に抱えていることになります。
もちろん、経験者が誰しも教えることに向いているとは限りません。
学生の力を把握したうえでの言葉選び
教えること、学生の成長を喜べる
体系立てて、教えることができる
など
「講師」として求められるのは、上記のような能力が必要でしょう。「成長を喜ぶ」以外は、意識して、訓練すれば体得できることでもあると思います。また、学生に学べ!という以上は、自身も、「学問的なこと」を勉強するのも継続しないといけませんし、最新のゲームをプレイして「ゲームを知る」ことを継続しておかなくてはいけません。まあ、教える、教えない関係なく、ゲームクリエイターたるもの、日々の精進もしないといけないとは思います。
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